かつてのロイヤルティプログラムは、購買金額に応じてポイントやクーポンを付与するシンプルなものでした。しかし生活の中にデジタルが浸透した現代では、顧客体験のアップデートにつながるさまざまなアイデアを、プログラムに取り入れることが可能になっています。ブランド独自の価値を伝え、お客さまとOne to Oneの関係を築くには、どのようなやり方があるのでしょうか。この記事では、チーターデジタルが運営するマーケター向け学習プログラム「Marketing DX Academy」にて開催したウェビナー「国内外の先進事例15社超に学ぶ “現代版”ロイヤルティ プログラムの設計図」をレポートします。
ウェビナーゲスト:シンクロ 代表取締役社長 西井 敏恭さん
ホスト:チーターデジタル 副社長 兼 CMO 加藤 希尊
執筆:那波りよ
1. ロイヤルティの基礎知識
はじめにチーターデジタルの加藤が、ロイヤルティに関する基礎知識を紹介。グローバルにおけるロイヤルティマネジメントの市場規模は、2021年の9兆円から年平均16.3%で成長し、2026年には18兆円に成長すると予測されています※。
続いて消費者側に視点を移し、チーターデジタルがEconsultancyと共同で実施したグローバル消費者調査の結果を共有。調査結果によると回答者の半数を超える57%が、「好みのブランドによりお金を使う」と回答しています。またブランドロイヤルティを持つ理由を尋ねたところ、2021年と比べて向上した指標の一例は次のようになっています。
・個人として認知・理解してくれること(前年から110%増)
・自分の価値観に合っていること(同58%増)
・高く評価できるロイヤルティプログラムがあること(同55%増)
つまり、自分をより理解し、ロイヤルな体験を提供してくれるブランドがより選ばれるようになっているのです。
※ ロイヤルティマネジメントの世界市場 (~2026年):コンポーネント(ソリューション・サービス)・組織規模 (大企業・中小企業)・展開タイプ・オペレーター (B2B・B2C)・産業・地域別
2. 囲い込みの発想は古くなっている
このようなニーズを踏まえた現代らしいロイヤルティプログラムとは、どんなものになるでしょうか。西井さんは次のように話しています。
「以前は一部のロイヤルティの高いお客様を『囲い込む』という考え方に基づいていました。ですが、Webができて情報がオープンになり、いろいろな情報にお客様がアクセスできるようになった時点で、囲い込むという発想は、古くなってきています。現代のロイヤルティプログラムでは、ファンを増やして、ファンに新規顧客を呼んでもらう考え方への転換が必要です。まずは、社員がサービスや商品に対するパーパスをきちんと理解して実践すること。それを起点に、顧客に伝わるコミュニケーションを考え直しましょう」(西井さん)
続いて加藤が、差別化につながるロイヤルティプログラムの設計プロセスを紹介。まずは自社のブランド資源を把握することからスタートします。
「ブランドがロイヤルティ醸成のために活用できる資源は、大きく4つに分類できます。まず、割引やクーポンなど金銭的なハードベネフィット。特別な顧客体験でブランドごとにユニークさが出せるソフトベネフィット。ラウンジや駐車場の優先利用権など、設備や施設のベネフィット。そしてプロモーションでは、特定のお得な機会を提供できます」(加藤)
さらに、日本ではまだあまり活用されていないソフトベネフィットに焦点を当て、米国でカジュアルレストランを展開しているBloomin’ Brandsの取り組みを紹介しました。
1年で1,200万人の会員を獲得したレストランチェーン
Bloomin’ Brandsは「4回目の来店で○%割引」という従来型のプログラムを体験型のプログラムへと刷新し、全米の1,400以上の店舗で実施しました。従来型では属性データと購買データの収集に留まっていたところから、積極的にゼロパーティデータを集めるよう方向転換することで、顧客理解を深め、個々人に合わせた体験を提供することが可能に。ブランド資源を活用した、強い差別化要因を生み出すことができました。
ロイヤルティプログラムを実施後、お客さまの目的は「割引を狙った再来店」から、「ブランドに愛着を持った来店」にシフトしました。コロナ禍でも3倍の店舗外売上を記録し、わずか1年間で1,200万人の会員獲得に至りました。
3. ロイヤルティプログラムのさまざまな類型
現代版のロイヤルティプログラムで重要なのは、市場において価値のある提案をすることです。チーターデジタルでは国内外のさまざまなロイヤルティプログラムを調査・類型化しています。ここではその一部を、事例とともに紹介します。
類型1:価値共創型
ブランドの価値に共感してもらい、「このブランドを買うことが自分にとっての正義である」という感覚を醸成します。たとえばアパレルブランドのパタゴニアは、登山家でもある創業者の意思を反映し、30年以上前から自然保護と回復のために売上の1%を還元。ジャケットの素材に廃棄された網を使用するなど、循環型ビジネスを展開しています。ロイヤルティプログラムのメンバーには、洋服の修理サービスを提供し、リユースも推奨。ブランドパーパスと思いやりをプログラムに反映し、圧倒的な共感と支持を集めています。
類型2:経済圏拡張型
購入やサービス利用に限らず、ブランドの延長線上にあるさまざまな行動をリワード対象とすることで、経済圏を広げる手法です。米国でランニングシューズのフランチャイズ小売店を展開するfleetfeetは、RFMに根ざした購入ポイントのほかに、ブランドの延長線上にある行動にリワード提供の機会を設定しています。たとえば自社シューズを履いてランニングしたりSNS投稿をしたりした顧客にマイルを付与し、ウルトラマラソンへの参加券などのソフトベネフィットを提供するといったやり方です。
西井さんは、このプログラムの良さを以下のように解説しています。
「歩くという行動にブランド体験を結びつけることで、パーパスが伝わってきます。ブランドロイヤルティとは『カテゴリー内で次回購入する時に選択してもらえる』ということ。シューズは購入頻度が低い商品ですが、プログラムを通じて毎日のようにコミュニケーションをとることで、選択肢に入りやすくなります」(西井さん)
類型3:パーパス拡張型
ステージアップ条件やステージ継続条件といったプログラム内容が、ブランドパーパスと深く結びついているケースです。西井さんが設計に携わったFABRIC TOKYOのプログラムは、次のような思いからスタートしていると言います。
「FABRIC TOKYOは、店舗で一度採寸すると、自分にぴったりのオーダーメイドスーツやシャツをネット通販でも購入できるという面白いビジネスモデルです。テーラーは敷居が高いと感じる方々をターゲットにしています。
プログラムを考え始めた当初は、購入額に応じてポイントを付与することも考えました。しかし、スーツの購入頻度は非常に低いので、購入時にだけに何かを付与するやり方では魅力がありません。一方、ネクタイなどビジネスのメインではない商品の購入者にリワードを充てるのも、正解とは思えませんでした。
ですから、まず採寸でコミュニケーションが取れること、購買がなくてもステージアップできることを条件に設計し、LINEアカウントの連携や商品着用後のアンケートに回答などのステップを準備しました。導入して数ヵ月ですが、お客さまの動きが見えています」(西井さん)
なお、西井さんはロイヤルティプログラムを設計するとき、「ゲームのように作る」ことを意識しているそうです。
「ゲームの世界で経験値や戦闘力が上がっても、ラスボスを倒しても、現実の世界でいいことがあるわけではありません。でもなぜか何十時間もやってしまいますよね。その世界観自体が好き、ということなのだと思います。ロイヤルティプログラムも同じで、細部の差が成功に密接につながるため、しっかりと作り込むことが重要です」(西井さん)
類型4:ノーティア・ノーポイント/ シンプルティア型
従来のロイヤルティプログラムから、顧客の階層を取り払い、登録するだけで豊富な特典を付与するロイヤルティプログラムです。Margaritaville Hotels & Resortsのプログラムでは、ウェルカムアメニティ、フルーツ&チーズプレート、アーリーチェックインなど、豊富な特典を、加入者全員に最初から付与しています。まずは加入の間口を広げて、そして後々に、見えない部分で実際の利用状況に応じてパーソナライズをかけていく仕組みになっています。
このやり方について、西井さんは次のようにコメントしています。
「メンバーシップの基盤がマス並に構築できると、その後、自由に施策が打てるので、最初からたくさんのベネフィットを打ち出すのは上手な手法ですね。もう1つ、無料で提供することで、会社のコアバリューをすべてお客さまに体感してもらえる点もポイントです」(西井さん)
類型5:ハイパーパーソナライゼーション型
コミュニケーションの中身を徹底的にパーソナライズして磨き込むことで、「個人としてブランドに自分を理解されたい」というニーズを満たしていくプログラムです。売上に直接的に寄与するものですが、実行にはパワーがかかり、機械学習の開発も欠かせません。
チーターデジタルでは、デンマーク最大の小売グループsalling groupのプログラム構築を支援しました。同社の年商は1兆円を超え、国内市場の35%以上を持っています。グローサリーを扱うためSKUが数万点あるにもかかわらず、商品の収益を予想しながらお客さま個人に合ったおすすめ商品やクーポンを自動で提案しています。機械学習により何万という購入データを分析し、スコア化した成果です。この取り組みにより、売上が10%増加し、ロイヤルティ会員のアクティブ率も10倍になりました。
この事例に関連して、西井さんにも経験をお話しいただきました。
「パーソナライゼーションは、ロイヤルティプログラムの最上位版だと思っています。
オイシックスのサブスクリプションの場合は、定期ボックスにデータから学習した一定の商品が入っています。毎週20~30種の野菜を、レタス1個などと選択する作業は大変だからです。最初から入っていると、今週要らないものにチェックを入れて削除し、欲しいものを数点、追加するだけで済みます。金額的なインセンティブはありません。ブランドが自分のことを理解していて、単純に使いやすいだけです。しかし、学習を重ねるほどカスタマイズが進み便利になっていくので、他社が類似サービスを提供し始めたとしても、スイッチングされにくくなります」(西井氏)
類型6:経済圏連携型
経済圏連携型は、異なる広い経済圏を持つブランド同士が連携することで、それぞれのブランドが新規顧客にアクセスでき、顧客もより良い体験を受けられるメリットがあります。
大きな提携例は、有料のロイヤルティプログラム「Walmart+(ウォルマートプラス)」です。プログラムに参加すると、半年分のSpotify Premiumが無料で提供されます。SpotifyのサイトからもWalmart+に参加でき、相互送客の仕組みになっています。Walmartの顧客にはSpotifyで音楽を聞く人が実は多く、その相性の良さから生まれたプログラムです。西井さんは、「これは経済圏の奪い合いになるので、どこの経済圏が一番強いのか、自社はどこに入るのかが大事なポイントですね」とコメントしています。
4. 明日からできるクイックアクション
最後に今回のテーマを踏まえて、マーケターが明日からできるクイックアクションを西井さんにうかがいました。
「まずはロイヤル顧客を改めて理解することです。私は既存顧客のなかでも、自社のサービスや商品を熱烈に愛してくれるお客さまが大事だと思っています。『まあまあ好き』と『むちゃくちゃ好き』の間に何があるのかを、深掘りしてほしいのです。そうすれば、サービスや商品は同じでも、価値の提供方法を変えていくことができます」(西井さん)
ブランドが独自の顧客体験を生むロイヤルティプログラムを展開するためには、ブランドパーパスと、注力すべき構成要素の掛け合わせが重要です。今回ご紹介したプログラムを自社に応用するとどうなるか考えてみると、新しい設計図が見えてくるのではないでしょうか。
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チーターデジタルが運営するマーケター向けの学習プログラム「Marketing DX Academy」では、この記事で取り上げた西井さんと加藤のウェビナーをフルバージョンでご覧いただけます(視聴時間:約30分)【受講無料】
(その他のコンテンツの一例)
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