カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience、CX)とは、「商品やサービスを利用したときにユーザーが受け取った価値や体験」のことで、顧客体験とも呼ばれます。
これは近年重要視されてきた新しい考え方で、正しく理解してカスタマーエクスペリエンスの向上に取り組んでいる企業とそうでない企業とでは、ユーザーの満足度や企業へのロイヤルティに大きな差が生まれます。
そこでこの記事では、カスタマーエクスペリエンスを向上させてビジネスを成功に導きたい人に向けて、以下の内容を解説していきます。
この記事でわかること
● カスタマーエクスペリエンス戦略が重要な理由
● 良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件
● カスタマーエクスペリエンス戦略の立て方
また、良いカスタマーエクスペリエンス戦略で成功している企業の実例も紹介するため、具体的なイメージも沸きやすくなります。
さらに、カスタマーエクスペリエンス戦略実行の際の注意点も解説しますので、失敗せずにすぐに自社で取り入れることができますよ。
商品の売上やユーザーのロイヤルティ向上に直結するカスタマーエクスペリエンス戦略を理解することで、自分のビジネスの成功につなげていきましょう。
1.カスタマーエクスペリエンスとは
近年耳にする機会が増えた「カスタマーエクスペリエンス」。自社のユーザーと質の高いコミュニケーションをとりたいとお考えであれば、理解を曖昧にしておいてはいけません。仕事においてしっかりと活用していくために、改めて正確な意味を確認していきましょう。
1-1.カスタマーエクスペリエンスの概要
冒頭でも解説しましたが、カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience、CX)とは、「商品やサービスを利用したときにユーザーが受け取った価値や体験」のことを指す用語です。
従来は、商品やサービスそのものの価値が重要視されており「良いものを作れば売れる」という考えのもとにマーケティングが行われていましたが、近年では「商品やサービスそのものだけでなく、購入前後の体験も含めて顧客の満足度に影響を与える」という考え方が主流になってきています。
- 従来 商品やサービスそのものの価値が重要だと考えられていた。
- 良い商品を提供すればOK、広告をクリックされればOK、という部分的なマーケティングだった。
↓ - 現在 商品やサービスそのものだけでなく購入前や購入後も含めた体験も含めて顧客は満足するという考え方に変化。
- 商品やサービスを利用する前後の体験も含めて顧客が認識した価値を高める、という一貫性のあるマーケティングが必要になってきた。
例えば、商品を販売している企業のブランドイメージが良かったり、購入後に親身になってサポートしてくれたりすると、ユーザーはその商品自体の価値だけでなく、それらの要素も全て含めて満足感を得ることができます。
逆に商品自体の品質が良くても、企業のイメージが悪かったり、アフターフォローに不備があればユーザーの満足度は下がり、リピーターになってくれないという事態につながるでしょう。
1-2.ユーザーエクスペリエンスはカスタマーエクスペリエンスの中の一部
混同しやすい概念として「ユーザーエクスペリエンス(UX)」という単語もあります。
ある商品やサービスを使用するときにユーザーが得る体験
例えば「ユーザーエクスペリエンス(UX)が良いアプリ」というと、「ユーザーが使いやすいアプリ」というような意味になります。
カスタマーエクスペリエンスとの違いは、以下の通りその指し示す範囲です。
- ユーザーエクスペリエンス:商品やサービスの一部を利用するときの体験のこと
- カスタマーエクスペリエンス:商品やサービスを利用する際の体験全体のこと
つまり「ユーザーエクスペリエンス(UX)が良い・悪い」というのは、そのサービスを利用するときの全体の経験の中の一部でしかなく、サービスをはじめて知ったときに見た広告や、利用後のサポートセンターの電話対応の良し悪しなども含めた全ての体験がカスタマーエクスペリエンス(CX)となるのです。
1-3.カスタマージャーニー全体を通した顧客の体験がカスタマーエクスペリエンス
もうひとつ、一緒に出てくることが多く混同しやすい単語が「カスタマージャーニー」です。
ユーザーがある商品やサービスとの接点を持ち、最終的に購入に至るまでのプロセスのこと
カスタマージャーニーでは、以下のような段階があります。
- サービスを認知
- 同じようなサービスの比較検討
- 口コミの比較
- 購入するサービスを決定
- サービスを購入
このそれぞれの段階で顧客は様々な体験をします。それらが全て積み上がったものがカスタマーエクスペリエンスです。
そのため、カスタマーエクスペリエンスの向上を目指す際には、しっかりとカスタマージャーニーを描き、その中でユーザーにどのような体験を届けたいのかと考えていく必要があります。
2.カスタマーエクスペリエンス戦略とは
カスタマーエクスペリエンスの概要についてはご理解いただけたと思いますので、次にカスタマーエクスペリエンス戦略について解説していきます。
カスタマーエクスペリエンス戦略とは、ユーザーのカスタマーエクスペリエンスを向上させるための計画や進むべき方向のことです。
カスタマーエクスペリエンスを高めるには、きちんとした戦略を立てて実行していかないとうまくいきません。なぜなら多くの企業では、商品開発や宣伝、販売、問い合わせ対応などの様々な業務を、複数の部署や担当者で分業して行っています。
各部署が連携をとらずにバラバラの行動をしていては、ユーザーに最高の体験を届けることは困難です。そのため、それらの方向性を統一して効率の良い施策にするために正しい戦略を立てて実行していく必要があるのです。
また、業種や取り扱う商品、サービスの特性によってもカスタマーエクスペリエンス戦略は異なります。どの企業にも当てはまる正解はなく、常にPDCAサイクルを回しながら改善していくものなのです。
3.カスタマーエクスペリエンス戦略が重要な5つの理由
カスタマーエクスペリエンス戦略を立てて実行している企業は、自社商品の売り上げ向上やサービスのリピート利用促進を実現できています。
カスタマーエクスペリエンス戦略が重要となる具体的な理由は、以下の5つです。
- 競合他社との差別化に有効
- 優良顧客・リピーターの獲得につながる
- 口コミによる宣伝効果
- 企業ブランド力の向上に寄与する
- ユーザーロイヤルティの向上に有効
カスタマーエクスペリエンス戦略が大切な理由やメリットを正しく理解することで、自分のビジネスに活かしていきましょう。
3-1.競合他社との差別化に有効
カスタマーエクスペリエンス戦略を正しく立てて実行すると、競合他社との差別化に有効です。
例えば、靴の通販会社としてアメリカで有名な「ザッポス」は、以下のような特徴的なサービスを提供することでカスタマーエクスペリエンスを高め、競合との差別化に成功しました。
- ネットからの購入でも試しに履くことができるよう、送料も返品料も無料
- 屋外で履かなければ購入から365日間返品可能
- 24時間営業、年中無休のコールセンターを設置
- 顧客を満足させることを最大の目的としている
有名なエピソードとして、顧客がザッポスに電話注文をしたときに欲しい商品の在庫がなかったら、センターのスタッフは競合サイトを検索してその結果を紹介するという話もあるほどです。
これはザッポスに顧客を幸せな気持ちにすることが重要だという方針があるためで、実際にザッポスのリピート顧客率は75%、創業10年足らずで年商10億ドル超という成果を挙げました。
ザッポスはこのように競合との差別化に成功して市場で優位な立場を築いていたため、最終的にはAmazonから約800億円という高い金額で買収されました。
良いカスタマーエクスペリエンス戦略を実行すると競合他社の差別化に役立つということがお分かりいただけるかと思います。
3-2.優良顧客・リピーターの獲得につながる
カスタマーエクスペリエンス戦略は、優良顧客・リピーターの獲得につながるという点でも非常に重要です。
購入したサービスがいくらお得なものでも、それに関する問い合わせをしたときに担当者の対応が悪かったり、何か不便なポイントがあれば、継続して利用したいとは思ってもらえないでしょう。
例えばシニア女性誌シェアナンバーワンの雑誌を発行している「ハルメク」は、以下のような施策で優良読者の囲い込みに成功しています。
- 読者のニーズにきちんと応えるという編集方針のもと、読者アンケートの結果を詳細に分析
- シニア世代が本当にわかりやすいように紙面を構成
- 雑誌内の広告は極力減らして読み応えのある内容にする
- 通販事業では読者の求めるオリジナル商品を開発して提案する
出典:ダイヤモンド・オンライン 定期購読だけで31万部の雑誌が、シニア読者のハートを掴んで離さない理由
ハルメクの雑誌でお洒落なグレイの記事を見て「自分も同じようなヘアカラーをしたい」と思った読者は、通販のコールセンターに電話をすれば数日後には同じヘアカラーを自宅で受け取ることができるのです。
このように、きちんとカスタマーエクスペリエンスを描いて戦略を実行すると、優良顧客やリピーターの獲得につなげることができます。
3-3.口コミによる宣伝効果を得られる
質の高いカスタマーエクスペリエンス戦略を実現すると、口コミによる宣伝効果も生まれます。
人は、自分が期待した以上のサービスを受けたり、良い体験をすると、他の人にそれを話したりSNSでシェアしたくなったりします。
そしてそれだけでなく、実際に商品を購入したりサービスを利用するときに口コミを参考にしている人の割合は6割弱という調査結果もあり、口コミは多くの人に対する影響力を持っていることがわかります。
出典:マイボイスコム株式会社 ネット上の口コミ情報に関する調査(第5回)
そのため、質の高いカスタマーエクスペリエンスを提供することができれば、自然と良い口コミが増えて宣伝効果も高まることになります。
3-4.企業ブランド力の向上に寄与する
カスタマーエクスペリエンスに優れた商品を販売していると、それを提供する企業そのもののブランド力も高まります。
例えば、日経リサーチが2021年4月に発表した「ブランド・グロース(BG)指数」(過去10年間のブランド成長力ランキング)で首位となった企業はApple Japanでした。
出典:株式会社日経リサーチ 10年間のブランド成長力ランキング 100位までを公開
AppleはiPhoneなどの人気の高い商品を取り扱っていますが、ユーザーからの支持率が高い理由のひとつに「説明書を読まなくても直感的に使うことができる」という優れた体験があります。
さらに洗練された印象のCMや、お洒落で都会的な直営店のデザインなど、ユーザーはAppleと接点を持つたびに良い印象を与えられます。
このように、良いカスタマーエクスペリエンス戦略を実行していくと、企業ブランドの向上も実現することができるのです。
3-5.ユーザーロイヤルティの向上に有効
カスタマーエクスペリエンス戦略に注力することは、ユーザーのロイヤルティ向上にも有効です。
再びAppleを例として挙げますが、2016年のアンケートで、iOS(iPhone)ユーザーに対して「次に機種変更するとしたらどの端末か」という質問をしたところ、85.6%が「iOS端末(iPhone)」を選んだという結果になりました。
出典:携帯総合研究所 iPhoneのリピート率は85%?対するAndroidは70%の調査結果
質の高いカスタマーエクスペリエンスを提供できていると、ユーザーのロイヤルティ向上にも役立つということがお分かりいただけると思います。
一昔前までは、マーケティングというと新規ユーザーの獲得を重視していましたが、現在はデータの取り扱いの法改正や、人口減など様々な影響があるため、既存のユーザーをつなぎとめるためにユーザーのロイヤルティを高めることが重視されています。
こういった観点でも、カスタマーエクスペリエンス戦略の重要性は今後も高まっていくでしょう。
4.良いカスタマーエクスペリエンス戦略の4つの条件
カスタマーエクスペリエンス戦略をきちんと立てて実行することの重要性についてはご理解いただけたと思います。そこで次は、良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件として、以下の5つについて詳しく解説していきたいと思います。
- 目的が明確になっている
- 実現可能性がある
- 具体性がある
- 適切に効果測定ができる
どんなにカスタマーエクスペリエンスの向上につながりそうな施策であっても、これらを満たしていなければ優れた戦略とはいえません。
早速ひとつずつみていきましょう。
4-1.目標が明確になっている
良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件の1つめは「目標が明確になっている」ということです。
戦略を立てるときに重要なものは目的と目標の2つです。これらがきちんと定まっていない戦略は良い戦略だとはいえません。
今回の場合、最終的な目的は「カスタマーエクスペリエンスの向上」ですので、それを達成するために実行すべき具体的なゴールを、目標として明確にしていきましょう。目標があいまいなままだと、具体的に何をすればいいのかわからず迷いが生じてしまうためです。ビジネスの特性や成長フェーズ、自社の方針に応じて、適切な目標を定めましょう。
目標には、例えば以下のような種類があります。
- リピート率を上げる
- LTV(ライフ・タイム・バリュー:ひとりのユーザーから生涯に渡って得られる利益のこと)を上げる
- チャーンレート(解約率)を下げる
- ユーザー対応の満足度を上げる
化粧品など、日常的に使用する消耗品を取り扱うECサイトであれば、ユーザーがその商品に満足していればその分リピート率も高まると考えられます。そのため、商品のリピート率の向上を目標とし、カスタマーエクスペリエンス向上という大きな目的の達成を目指すと良いでしょう。
一方、月額課金アプリなどのサブスクリプションサービスの場合は、ユーザーが満足して使い続けてくれているかどうかは、「LTV(ライフ・タイム・バリュー)」や「チャーンレート(解約率)」などからわかります。そのため、それらを指標とすると良いでしょう。
その他、電話やチャットの相談サービスや自動車事故のコールセンターなどの場合は、ユーザーからの連絡に対する対応の良さが満足度に大きく影響します。そのため、ユーザー対応の満足度の向上を目標とするのが有効でしょう。
このように、自社のユーザーのカスタマーエクスペリエンスを高めるために適した目標はどんなものなのか?をきちんと考えて設定することが、良い戦略づくりの上で重要なことになるのです。
4-2.実現可能性がある
良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件の二つ目は「実現可能性がある」という点です。
どんなに素晴らしい戦略であっても、実現する手段がなくては意味がありません。
「これなら絶対にユーザーのカスタマーエクスペリエンスが向上する」と思うような施策があっても、技術的に、もしくは社内の体制や資金面で制限があり実行できないのであれば、ユーザーに価値を提供することはできないためです。
そのため、最終的な戦略決定の前の段階で、それらを実行するには何が必要なのか調べておくことが大切です。例えば以下のような事項は事前にチェックしておくようにしましょう。
- いくらくらいの費用がかかるか
- 何人の人員が必要か
- どのようなスキルを持った人員が必要か
- 既存の技術で実現できることか
どんな企業にも、予算や活用できる人材には限りがあります。「実現できるかどうか」という観点を持ちつつ戦略を描くようにしていきましょう。
4-3.具体性がある
「具体性があるかどうか」も、良い戦略を立てる上で考慮しておくべき重要なポイントです。
「戦略」というと、どうしても抽象的な表現になりがちですが、具体的にどういうことなのか?が関係者の間で共通認識を持てるようになっていないと、目指すべき方向性を見失うことになってしまいます。
例えば一言で「ユーザーの満足度を高める顧客対応を目指す」といっても、以下のようにユーザーの特性によって、望まれる対応は異なります。
- 共働きで日中は忙しい夫婦がメインユーザーの場合
- スマホから夜や土日でもチャットで相談できるシステムを導入する
- 時間には余裕があるがITツールが苦手なシニア夫婦がメインユーザーの場合
- 電話相談窓口を設けたり、自宅に訪問するシステムを取り入れる
戦略に具体性があれば、それを達成するための新たな打ち手もどんどん浮かびやすくなります。何となく良さそうな言葉を並べた抽象的な戦略を立てるのではなく、誰が聞いてもわかりやすい具体的な戦略を立てるようにしていきましょう。
4-4.適切に効果測定ができる
良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件として最後に紹介するのは「適切に効果測定ができる」という点です。
どのような仕事にも共通していえることですが、実行した施策が有効だったのか、どのくらい成果が上がったのかがわかるようになっていなければ、評価も改善もできなくなってしまいます。
そのため、戦略立案の段階から、どのような数値で評価できそうか?を考えるようにしておきましょう。カスタマーエクスペリエンス戦略の効果測定によく使われるのは下記のような方法です。
- 定期的にメールでアンケートを行う
- WEBサイト内での動向(アナリティクス)を分析する
- 座談会やファンミーティングなどのイベントを開催し、ユーザーの声を直接聞く
アンケートやサイト内の動向分析は、後ほど紹介するマーケティングツールを活用することで、手間をかけずに実行することができます。WEBビジネスを行っている企業の場合は上手に活用していきましょう。
5.良いカスタマーエクスペリエンス戦略を立てるための4つの手順
良いカスタマーエクスペリエンス戦略の条件について具体的に解説してきました。早速、目指すべき戦略をイメージできるようになってきたのではないでしょうか。
そこでこの章では、実際にカスタマーエクスペリエンス戦略を立てる際の手順を、イメージが湧きやすい例を紹介しながらお伝えしていきます。
- STEP1 現状を把握する
- STEP2 方針・優先順位を決める
- STEP3 目標を立てる
- STEP4 実行・効果測定・改善を行う
あなたの商品やサービスのファンになってくれるユーザーを増やすため、失敗しない手順の立て方を学んでいきましょう。
5-1.STEP1 現状を把握する
まずは「現状を把握する」ことが必要です。ユーザーが現状満足できているのかいないのかがわからなければ、改善が必要なのかどうかもわからないためです。
現状を把握するための方法としては以下のような方法があります。
- 自社サービスのカスタマージャーニーマップを作成し、どのポイントでユーザーが自社のサービスに触れる可能性があるのか整理する
- 商品や問い合わせ窓口に対する満足度調査を行う
- 広告のクリック率やWEBサイトの離脱率などを調べる
例えばアウトドアグッズの実店舗とECサイトを運営している場合、まずは以下のような手順で現状を把握すると良いでしょう。
- カスタマージャーニーマップを作成し、ユーザーは「実店舗」と「インターネット広告」「自然検索」でお店の存在を知り、店舗やWEBサイトを訪問していることを把握
- 商品に関するアンケート結果や、店舗で聞くユーザーの声、コールセンターによく届く意見などをまとめて、商品や接客、コールセンターの対応などに対するユーザーの現状の満足度を調べる
- 広告のクリック率やWEBサイトの離脱率などを調べて現状の数値が平均よりも低いかどうかチェックする
このようにして現在の自社のサービスの位置を把握できたら、次は方針を優先順位を検討するフェーズに入ります。
5-2.STEP2 方針・優先順位を決める
カスタマーエクスペリエンスを高めるためには、もちろんユーザーとの全ての接点を最高の品質にするべきではありますが、通常企業の予算や人員には限りがあります。そんなときは、どこから着手すべきか優先順位をつけて方針を決める必要があります。
この時の優先順位のつけ方は、企業の風土やサービスの特性によって色々なパターンが考えられるため、自社に合った方法を採用すると良いでしょう。パターンとしては主に以下の3種類があります。
①売上に対する効果の高いところから取り組む
サービスの優位性は確かで、多少の待ち時間や不便さは許容されているが、新規ユーザーが魅力を認識できていない、サービスの優位性が正しく伝わっていないという場合は、まずは新規ユーザーとの最初の接点を魅力的なものにするというテーマから取り組むと良いでしょう。
新しいユーザーの獲得は売上向上にも直結しますので、ビジネス存続の観点でも有効です。例えば先ほどのアウトドアグッズのお店の場合なら、以下のようになります。
- ①売上に対する効果の高いところから取り組む場合
- 商品品質は高いが最初の接点でユーザーに刺さる体験になっていないためそれを改善する
- 「品揃えの豊富さ」や「商品の品質の高さ」には問題がないが、広告のキャッチコピーやキャンペーンの魅力が弱く新規ユーザーにとって良い体験になっていないという状況
↓ - WEB広告のキャッチコピーを変更する、トップページの写真を魅力的なものに変更する、新規ユーザー向けのお得なキャンペーンを企画する、などの方法で最初の接点における体験の価値を向上させる
②ユーザーの期待が大きい部分から取り組む
ユーザーの期待が最も大きい部分から着手するという方法もあります。
例えば、操作性に優れた洗練された商品のイメージが強いAppleは、説明書がないと使えなくてデザイン性も低いような商品を発売することは許されないでしょう。ユーザーが最も期待されている点で裏切ってしまうと、他で失敗するよりもダメージが大きくなるからです。
そんなときは、他に何か改善したい気になる点があったとしても、そちらを改善するよりも「ユーザーが抱いている期待を裏切らないことを優先する」という考え方も大切になります。
アウトドアグッズのお店の場合は以下のようになります。
- ②ユーザーの期待が大きい部分から取り組む
- そのお店は店舗で全ての商品を試用できるという点が魅力だった
↓ - 品ぞろえをより充実させるために試用スペースを削減するという案もあったが、テントなどの大型商品を試すことができたくなるとユーザーの期待を損ねると判断。試用スペースの削減は避け、店舗に置けない商品はWEBサイトからすぐに注文できるようにした。
③マイナスをゼロにするところから取り組む
現状把握の結果、あまりにもマイナスが大きすぎるところがあれば、その点の改善から始めるという方法もあります。
例えば商品は優れているが問い合わせ対応が悪いせいでユーザーの満足度が下がっている、という状況なら、商品の品質をさらに高めることに力を注ぐよりも、先に問い合わせ対応の改善をするのが急務となるでしょう。どんなに良い商品を提供されても、その後のサポートが悪ければ企業に抱くイメージも悪化してしまうからです。
先ほどのアウトドアグッズのお店の場合なら、以下のようになります。
- ③マイナスをゼロにするところから取り組む
- 現状WEBサイトに掲載している商品は在庫を保管していないため、ユーザーが注文してから自宅に届くまでに2週間以上かかってしまっていた
↓ - Amazonなどの競合サイトでは翌日到着というサービスがあり、明らかに自社のほうが不便だったため、その点の改善から取り組むことにした
このように、自社の置かれた状況やメインターゲットのニーズに応じて具体的な方針を決めるようにしましょう。
5-3.STEP3 具体的な目標を立てる
現状を把握し、そこから方針を決めることができたら、次は実際にどのような施策をとるのが望ましいか、具体的な目標を立てていきます。
検討観点は「どうすれば顧客の満足度が高まるか?」という点です。もちろん最終的には費用対効果なども考慮する必要はありますが、まずは理想のカスタマーエクスペリエンスを描き、具体的な戦略を立てていきましょう。
例えばアウトドアグッズのECサイトが「LTV(ライフ・タイム・バリュー:ひとりのユーザーから生涯に渡って得られる利益)の向上」を目標として戦略を立てるなら、以下のようになります。
- 現状把握の結果、新規ユーザーの獲得はできているがリピート購入率が低く、既存ユーザーに価値ある体験を提供できていないということがわかった
↓ - 購入履歴のあるユーザーに対して、購入商品の便利な使い方やアウトドアの楽しみ方などの役立つ情報を毎週メールで送り、関係性の構築をはかる
- メールの中に関連商品の紹介なども入れることで、ユーザーのニーズを喚起する
- コールセンターのトークスクリプトを見直し、ユーザーからの質問へのわかりやすい回答やスムーズな関連商品の案内などをできるようにする
このように、既存ユーザーの満足度を高めることでニーズを喚起し、目標(LTVの向上)達成につながる具体的な施策を決めていきます。それができたら、次は実行する段階に進みましょう。
5-4.STEP4 実行・効果測定・改善
カスタマーエクスペリエンスを向上させるためには、戦略を立てたら終わりではなく、適切に実行して正しく効果測定及び改善を行っていく必要があります。
中でも、しっかりPDCAサイクルを回していくためには「効果測定」が最も重要といっても過言ではありません。どのような戦略がどのような結果に結びついたのかを知ることで、その施策の有効性も知ることができるからです。
多くの企業がカスタマーエクスペリエンスの効果測定の指標としてよく活用しているのは、以下のようなものです。
- メールマーケティング
開封率(メールを開封したかどうか)、クリック率(メール内のリンクをクリックしたかどうか)など - ECサイト
CPA(1人のユーザーを獲得するためにかかった広告費)、CVR(WEBサイトへのアクセスのうち、商品やサービスの申し込みに至った比率)、LTV(全ユーザーの平均購入単価×平均購入回数ひとりのユーザーから生涯に渡って得られる利益)など - アンケート
満足度調査など
詳しくは以下の通りです。
①メールマーケティングでよく活用される効果測定指標
メールを活用する施策を実行する場合は、「開封率」と「クリック率」をチェックするようにしましょう。
開封率が低い場合は、そのメールでユーザーに価値を届けられていないということになります。まずは開封したいと思ってもらえるような魅力的な件名にすることで、開封率を高めていきましょう。
同様に、メール内の商品のリンクなどのクリック率が低い場合も、その商品を案内されたユーザーが魅力を感じていない可能性があります。企業側の売りたい商品の押し売りになっていないか?ユーザーの体験の向上につながる紹介になっているか?を検討すると良いでしょう。
②ECサイトでよく活用される効果測定指標
ECサイトの場合は、「CPA」「CVR」「LTV」の3つがよく使用されます。
CPAとは、Cost Per Actionの略で、1人のユーザーを獲得するためにかかった広告費のことを指します。これが高い場合は、ユーザーがせっかく広告をクリックして訪問してくれたのに、何も買わないユーザーが多い(=期待に応えられなかった)ということを意味します。
そのため、最初のページが見にくくないか、サービスの魅力がしっかり伝わるキャッチコピーになっているか、などの点を検討すると良いでしょう。
CVRは、Conversion Rateの略です。WEBサイトへの総アクセスのうち、商品やサービスの申し込みに至った比率を指します。これが低いということは、CPA同様、せっかくページを訪問したのに価値を感じずに帰ってしまった人が多かったということになります。初回購入限定のお得なキャンペーンを企画し、ポップアップでわかりやすく案内するなど、ユーザーが魅力を感じるような設計をし直すと良いでしょう。
LTVは何度か出てきていますが、Life Time Valueの略で、ひとりのユーザーから生涯に渡って得られる利益を指します。これは顧客満足度を客観的に表しやすい便利な指標ですので、サイトの使いやすさや商品力そのもの、カスタマーサポートの質の向上など、総合的にユーザーの満足度を高めるための工夫を常にしていきましょう。
③アンケートでよく活用される効果測定指標
直接的な顧客満足度調査も有効です。WEBアンケートなどで、自社のサービスの各段階における満足度を調査すれば、どの部分でユーザーに良い価値を提供できていて、どの部分が不足しているのかということを知ることができます。
上記のような指標をもとに効果測定ができたら、またSTEP2の方針と優先順位の検討という段階に戻ります。
このように「現状把握(効果測定)→方針と優先順位の検討→具体的な目標を立てる→実行→現状把握(効果測定)」のサイクルを回していくことで、カスタマーエクスペリエンスを常に向上させ続けていくことが可能になるのです。
6.良いカスタマーエクスペリエンス戦略で成功している企業の実例
カスタマーエクスペリエンス戦略を立てる方法を具体的に解説してきましたが、自社の戦略を立てるにあたって「他社の事例も知っておきたい」という人もいると思います。そこでこの章では、マーケティングツールを活用してカスタマーエクスペリエンスの向上を目指したことで、成功につながった企業の実例を紹介します。
自社の戦略立案の際の参考になればと思います。
6-1.温泉旅館・宿・ホテルの宿泊予約サイト「ゆこゆこ」
温泉旅館や宿の予約サイトである「ゆこゆこ」では、ユーザーのフェーズを「タビマエ(日常・計画・予約・出発前)・タビナカ(旅行中)・タビアト(旅行後)」に分解し、その全てのフェーズでユーザーと適切なコミュニケーションをとることで、カスタマーエクスペリエンスを高めることに成功しました。
具体的には以下のフェーズごとにタイミングを合わせてメール配信を行い、顧客体験をフォローしました。
その結果、以下のように非常に高いメール開封率・クリック率を実現することができました。
また、それだけでなくユーザーからポジティブなフィードバックを得ることもできました。このようなカスタマーエクスペリエンスの向上に役立つ施策は、満足度の向上にも寄与するということがいえる事例です。
6-2.飲食店情報サイト「ぐるなび」
飲食店情報サイト大手の「ぐるなび」も、マーケティングオートメーションツールを活用してユーザーに適切なタイミングでメールを送ることでカスタマーエクスペリエンスを向上させることができました。
メール施策の具体的な例は以下の通りです。
- ぐるなびの店舗詳細ページを閲覧したものの、予約まで至らなかったユーザーに自動で「予約促進メール」を送信。閲覧した店舗に類似するお店の紹介を行うことで、ユーザーの予約し忘れなどを防止。
- 来店の翌日に二日酔い対策のコンテンツをメールで送信。来店後のユーザーエンゲージメントを高めることが目的。
- 予約履歴があるユーザーには、予約したことのある店舗のジャンルの中から、おすすめのお店紹介をするメールを送信。このメールは、直接的な予約促進というよりは、新しいお店の情報提供が主な目的。
このようなメール施策を行った結果ぐるなびでは、以下のように平均予約回数、複数予約者の割合、予約リピート率を改善することができました。
お店の予約に直結しないようなコンテンツ(二日酔い対策など)の配信なども含めてカスタマーエクスペリエンスの向上を目指したことで、ユーザーの満足度が上がり、結果的にリピート率の向上につながったということがわかる事例でした。
「ゆこゆこ」と「ぐるなび」2社の成功事例についてより詳しく知りたい方はこちらもご覧下さい。
7.カスタマーエクスペリエンス戦略実行の際の2つの注意点
カスタマーエクスペリエンス戦略の具体的な立て方や、他社事例についての理解が深まったたことで、早速自社のカスタマーエクスペリエンス戦略を立てていこうと考えている人もいると思います。
しかし、カスタマーエクスペリエンス戦略を実行する際には、注意点もあります。以下の注意点をあらかじめ知っておくことで、失敗せずにカスタマーエクスペリエンスの向上を目指すことができます。
7-1.顧客対応の担当部署だけでなく全部署横断で取り組む
カスタマーエクスペリエンス戦略を立案していく際に最も留意すべきなのが「顧客対応の担当部署だけでなく全部署横断で取り組む」という点です。
従来であればユーザーと直接対応をする部署というと、接客を行う販売の部署やコールセンターなどが思い浮かぶと思います。
しかし、カスタマーエクスペリエンスというのはどこか一部分だけではなく、その企業や商品とユーザーの接点全てにおいての経験を指します。
そのため、ユーザーと直接話すかどうかということは関係なく、以下のような業務の担当者もカスタマーエクスペリエンス戦略を立てるにあたって重要な役割を果たします。
- 商品開発部
- 広報部
- 宣伝部
- 営業部
- 総務部
- 経理部
例えば総務部なら、地域のボランティア活動を計画するとその地域の住人から「あの会社は社会貢献している会社だ」という良い印象を持ってもらえることもあるでしょう。
経理部の場合なら、紙の使用量を削減してその取り組みを発信することで、「環境問題に配慮している会社だ」というポジティブなイメージを与えることもできます。
大きな企業の中で業務をしていると、つい顧客との接点を見逃してしまいがちですが、実はカスタマーエクスペリエンスの向上には全ての部署が関与できます。
そのため、「自分には関係のないことだ」と他人事だと感じてしまう社員が出ないよう、全部署横断のプロジェクトとして取り組むことが大切です。
7-2.マーケティングオートメーションを有効活用することが重要
注意点の2つ目は、マーケティングオートメーションを有効活用することが重要であるという点です。
前述の通り、良いカスタマーエクスペリエンス戦略を立てるためには以下のようなデジタル対応を行うのが効果的です。
- ユーザーの待ち時間を減らすために商品紹介サイトの読み込み速度を改善する
- 問い合わせをしたユーザーが、担当者が電話口に出るまで長時間待ち不満を持つことを防ぐためにWEBサイトにチャットボットの問い合わせシステムを導入する
- ユーザーの潜在ニーズを捉えた商品やサービス、コンテンツを自動でレコメンドをすることで体験の価値を高める
- 適切な効果測定のためにWEBサイト上のユーザーの動きを計測する
- 気軽にユーザーがサービスの評価をすることができるようなレーティングシステムを導入する
- ユーザーの特性や趣向に合わせた対応ができるよう会員登録などで属性等の情報を収集する
- 部署横断でユーザーの情報を安全に共有するためにシステムで顧客管理をする
しかし、これらの作業を手作業で行うのは非常に困難です。そこで多くの企業が取り入れているのが、こういった作業を自動化してくれるマーケティングオートメーションです。
新規ユーザーの獲得や、見込み客の育成などのマーケティング施策をデジタルで自動化するためのツール
例えば総合人材情報サービスを展開しているアイデムは、マーケティングオートメーションを活用してユーザーから受け取った登録情報をもとに適切なメールプロモーションを行うことで、メール経由の求人応募数を2倍に増やすことに成功しました。
アイデムが行った具体的な施策は以下の通りです。
求人へ応募したユーザーに対して、翌日に似たような案件をメールで自動的にレコメンドする
これによってユーザーは求人情報を自分で検索することなく、関心のある情報をメールで受け取ることができるようになり、カスタマーエクスペリエンス向上に大きく寄与しました。
さらにカスタマーエクスペリエンスを高めるための施策を効率的に自動化したい、より効果的なオファーやキャンペーンを打ちたい、という人におすすめなのが、チーターデジタルのソリューション「Marigold Personalization」です。
以下の3つの機能がカスタマーエクスペリエンスの向上に役立ちます。
- リアルタイム・パーソナライゼーション
- Webやメールでの行動をもとにリアルタイムでオファーや商品のレコメンドをパーソナライズ化
- ジャーニー・デザイナー
- 機械学習によってユーザーのカスタマージャーニーを最適化
- インテリジェント・オファー
- コンバージョンを促進するためにユーザーに応じた最適なオファーを選択
全てのユーザーのインタラクションを自動的にスコア化してくれるので、手作業なしで次の最適なアクションを決定することができます。様々なチャネルとタッチポイントでリアルタイムのインタラクションを統合することができるため、カスタマーエクスペリエンスの向上に有効です。
また導入の際には運用面まで一貫してサポートするため、ITに慣れていない担当者でも安心して利用することができます。
→詳しくはこちらのページをご覧ください。
8.まとめ
カスタマーエクスペリエンスとは「商品やサービスを利用したときにユーザーが受け取った価値や体験」のことで、カスタマーエクスペリエンス戦略とは、ユーザーのカスタマーエクスペリエンスを向上させるための計画や進むべき方向のことです。
この記事では、正しいカスタマーエクスペリエンス戦略を立ててビジネスを成功させるための方法として、以下の内容をお伝えしてきました。
カスタマーエクスペリエンス戦略が重要な5つの理由 |
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良いカスタマーエクスペリエンス戦略の4つの条件 |
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また、実際にカスタマーエクスペリエンス戦略を立てたいという人のために、以下の具体的な4つの手順についても解説しました。
良いカスタマーエクスペリエンス戦略を立てるための4つの手順 |
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さらに、良いカスタマーエクスペリエンス戦略で成功している企業の実例や、戦略を実行する際の注意点についても紹介しました。
この記事を最後までお読みいただいたことで、自社がカスタマーエクスペリエンス戦略を立てていく上での具体的なイメージが掴めるようになったのではないでしょうか。
現在は、良い商品やサービスを世の中に提供するだけでは通用しなくなっており、ユーザーと企業の接点全てにおいて体験価値を高めることが重要視されています。良いカスタマーエクスペリエンス戦略を実行することで、ビジネスの成功を目指していきましょう。